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第34回「時は移れどいずこでも」

 「享楽亭さんならよく知っていますよ」とお話しになるのが中田守寛さん。三重県津市にある老舗洋食店・中津軒の4代目、笑顔爽やかな40歳のご主人です。中津軒と享楽亭を結ぶものは、勿論共に洋食店であるという点が挙げられますが、何と言っても1つの料理、東海地方で今では4軒しか扱っていない「ミヤビヤ」(中津軒では「メアベア」)にあると言えましょう。
 この料理は、厚めに刻んだタマネギと鶏肉等をデミグラスソースで炒めて煮込み、半熟卵を乗せたもので、熱々な上に味は濃厚、独特なタマネギの触感とジューシーな鶏肉の旨味が口の中で交錯します。シンプルながら相当味わい深い「デミグラス小宇宙」から漂う芳醇で香ばしい匂いに誰でも誘惑されるのではないでしょうか。
 「ミヤビヤ」の語源はフランス・ニースのホテル名“Meyerbeer”に依るとも、19世紀のドイツ人作曲家ジャコモ・マイヤベーアに由来するとも言われていますが、よくわからないというのが本当のようです。
 上述した4軒というのは、創業年順に言えば、あじろ亭(明治40年創業。岐阜市伊奈波通。こちらでは「ミヤベヤ」)、勝利亭(明治42年創業。名古屋市円頓寺。こちらでは「ミヤビヤ」。今年5月にて閉店予定。)、中津軒(明治44年創業)、それにご存知、享楽亭(大正元年創業)となります。(明治27年創業の岐阜市八ツ寺町にあった三河亭は残念ながら廃業。多くの料理人がそこで修業したと言います。)いずれも皆に愛される老舗で、苦心して伝統の味を受け継ぎ、地域の人々に提供し続けています。身近な「食文化の発信拠点」と言っても過言ではありません。1つの味を頑固に愚直に大切に守り伝えてきた洋食店がつないでくれる不思議なご縁を感じざるを得ませんでした。
 そんな中津軒を貸切会場として、中津軒・ひらの企画舎主催による「中津軒講座」が開催されました。各回毎のテーマは多彩、誰でも参加できる上に、夕刻スタートのため講座終了後には食事会がセットされ、ご自慢の美味しい洋食を食べられるという魅力的な企画なのです。しかも今回のテーマは「本居宣長入門 彼が生涯をかけて探し続けたもの」、講師は本居宣長記念館館長の吉田悦之先生ときた訳ですから、万難を排して参加しようと近鉄利用で津まで馳せ参じたのでした。改めて、地域交流と地域文化の発信に尽力されている主催者の皆さんの気概・心意気には深く敬意を表したいところです。
 予定された時間をかなりオーバーしてもまだまだ語りつくせないという講師のもどかしさは、熱弁から際限なく溢れ出る知識・情報の圧倒的な量に比例し、講演がいよいよ白熱していくさまに受講者の集中力は頂点に達せんとしていたように体感されました。場内所狭しと置かれた椅子に腰かけて目と耳を講師へと向ける50名ほどの老若男女。講師と受講者との間で「知」を巡って存在するエートスは誠に素晴らしいものでした。各地から参加された受講者の皆さんは、等しく学びの意欲と姿勢を保ちつつも、各人が各人の興味関心の尺度を持ち、それぞれの視座から内容を咀嚼・吸収して知的欲求を満足させようと努めています。満足できない場合は繰り返し質問を投げかけ、能動的に次の方策を取ろうとします。1つの空間の中で緊張による思考と弛緩による談笑が併存し、時間の経過はすっかり意識の対象外に置かれていました。自分自身、実に穏やかに、素直に教えを乞う学生に戻れたような気分に包まれましたし、これこそが生涯忘れてはならない感覚であって、常に学び続けるべしという人生の基本姿勢を再認識できたのは、とてもうれしいことでした。
 食事会は大変寛いだ雰囲気に包まれ、初対面の方々とも本当に楽しくお話しすることができました。また、吉田館長とも席が近かったので、折角の機会だからとあれやこれや質問させていただいたのですが、当日の講演全体を通じて浮かんだ言葉は、「不変」と「普遍」という2語でした。大雑把に言えば、前者は時間的観点からして変わらないこと、後者は空間的観点からして変わらないことと捉えてもよいでしょう。要するに、本居宣長、つまり宣長さんが自身の言動を通じて表現していたことは、今でも、どこでも当てはまるし、今後も同じであろうということなのです。それは、宣長さん自身も過去からの「不変」と「普遍」を認識し、当時の社会に照らし合わせてみた時に同様に感覚し得たことなのだろうと想像するに難くありません。受け継がれ、また引き継がれていくもの。例えて言い換えれば、誰もが持ち得る1本の繋ぎ目なき糸のようなものなのです。
 そもそも吉田館長のお話によれば、宣長さんは「常に前向きで落胆せず、未来を信じる気持ちを持って考え続けた人物だが、決して天才ではなく、子供の頃はむしろ何をやってもうまくいかず、名門商家の跡取りとしては落ちこぼれだった」とのことです。そんな彼が「未知や妥協は許せず、すべてを徹底的に学び尽くす」完全帰納法に依って、「自分で考え、自分の手足を動かし、自分で追体験する」プロセスを「楽しみつつ」繰り返しながら、偉大な学問的業績を残せたのは、「学問に油断と慢心は禁物だ」と教え諭してくれる師、お互いを触発しあえるライバル、さらには学問の将来を託せる弟子、これらの人々からなるネットワークが存在したからだということなのです。これ故に、彼の学問は、一個人ではなく広く日本人として考究され続ける対象たり得たのです。上昇・安定・拡大という展開を見せた彼の学問の基底には、多くの人々との実に好運な巡り合わせがあり、活き活きとした繋がりがあったと言えましょう。同時に彼は、この人間社会で自己が主張するには他者への配慮が不可欠になるということを十二分に理解し、実践したのでした。自己主張と他者尊重は彼の内心で見事に整理され両立し得たということです。その上で精力的かつ徹底的に前へ進む。「これは宣長さんの性分だったということでしょうか」と尋ねると、吉田館長は「性分ですね」と即答されました。「性分」とは言え、こうした宣長さんの姿勢やネットワークの意義は、今の時代でも、また日常生活や仕事の上でも、全く変わらないはずです。
 宣長さんに『うひ山ふみ』という著書があります。彼が35年の歳月をかけて「心力を尽くして」『古事記伝』全44巻を書き終えて後、弟子に請われて仕方なしに著した学問入門書です。「仕方なしに」というのは、彼にしてみれば、学問の方法なんぞ大体からして自分で考えるべきものだからです。それでも『うひ山ふみ』には、やはり「不変」と「普遍」を看取できるところがあります。意訳を交えながら少し紹介させていただきましょう。
 「よくよく考えると学問は、とにかく年月をかけて、倦まず怠らず、つまり嫌になったり、なまけたりすることなく、頑張って努力することが大切だ。方法はどんなのでも大して関係ない。どれだけ方法がよくても怠れば成果はない。また、天才と凡才とでは成果に違いが出てくるが、生まれつきだから仕方ない。けれども大抵の場合、凡才でも一生懸命努力すれば一定の成果を上げられるものだ。それと年を取ってから始める人も、努力すれば案外成果を得られる。時間がないという人も、案外、時間が沢山ある人より成果を上げられるものだ。だから、凡才だとか、始めるのが遅かったとか、時間がないとか言って、くじけて止めてしまっては駄目だ。とにかく努力すればできるのだと心に刻むこと。何であれくじけてしまうことは学問上絶対に避けよ。ただ全学問分野の深奥まで究めるのは一生涯ではなかなか難しいだろうから、先ず主として取り組む対象を見定めること。その上で必ずそこの深奥を究め尽くしてやるぞという志を高く大きく打ち立てて、努め学ぶべきである」。1つの事柄に向き合い、取り組むのであれば、「学問」だけでなく「仕事」、「スポーツ」、「趣味」など何にでも通じる言葉です。
 イチロー選手は目標50歳現役と言いつつも45歳で引退したため自らを「有言不実行」と表現しましたが、併せてそうした目標を掲げなければ45歳まで頑張ることはできなかったと述懐しました。目標が達成できれば最高でしょうけれども、先ずは大きな目標を立てて、何が何でも前進し続けてやろうという強固な「意志」を持つこと、またそういう「姿勢」を取るということこそが何より大切なのだと思い知ったところです。これは、上述の宣長さんの姿勢と重ならないでしょうか。イチロー選手と宣長さんだけではありません。恐らくいつの世の誰にでも重なるに違いないはずです。
 時と所を選ばずに登場する考え方なり問い掛けは、先人が遺していったものであって、現代を生きる我々が真正面から受け止めなければならない事柄です。その時代、その地域に生きる人間は、その人間なりに一定の解答や見解を示さなければならず、それこそが先人に対する責務と言えます。それだけに止まらず、その責務を果たそうと努めること自体が後人への責務にもなるのです。
 「不変」と「普遍」の相において、責務の引継ぎがなされていることを、様々な人々の様々な営みの中に強く感じることができました。取り留めのない内容になって申し訳ありません。魅惑的な「ミヤビヤ」の香りに誘われて、しばし物思いに耽ったひと時でした。
 さて、いよいよ来月からは「令和」時代となります。立派に整然と秩序立った、平穏で調和のとれた御代となってほしいと願うのは皆同じでしょう。
 会社にしても然り。会社組織は総合力で勝負します。基本を大切にしつつ、自ら考えて行動し、また仲間を大切にしながら、さらに会社組織全体を見渡す広い視野を持つことによって初めて本領発揮、持てる力を遺憾なく振るえるようになるものですし、その先において漸く、望む成果が得られることになるでしょう。
 「慣れによる油断」こそは大敵です。第67期を大過なく締め括ることができるよう、緊張感を維持して、「倦まず怠らず」日々の仕事をこなしていきましょう。ご安全に!

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