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第21回「ザッハトルテは甘く輝く」

 冬季五輪は「百花繚乱」。金・銀・銅のメダル獲得者にも、メダルを逃した選手にも、それぞれに人生のストーリーがあり、人間模様があって強い感動を覚えました。熱狂と興奮はいずれ冷めていくとしても、彼らの健闘は応援する我々の記憶にしっかりと刻み込まれたに違いありません。
 19世紀にオーストリア=ハンガリー帝国に生まれた作曲家フランツ・レハールには、管弦楽曲で『金と銀』というワルツがあります。ここで言う「金と銀」はオリンピック・メダルとは何の関係もなく、当時開催された舞踏会のテーマで、会場も参加者も「金と銀」で装飾され、きらびやかな雰囲気の中で宴が催されたと伝えられます。可愛らしいメロディーの導入部に始まり、優雅で情感溢れる旋律で我々を至福へと導くこのワルツを作曲したレハールは、ウィンナ・ワルツやウィンナ・オペレッタの歴史上、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世などが活躍した「金の時代」に続く「銀の時代」の代表者に位置づけられています。
 まさに「金と銀」の時代だったのでしょう。ハプスブルク家の支配する帝国は、途中フランス革命の寵児ナポレオン・ボナパルトの影響で混乱した時期はあったものの(映画『会議は踊る』で描写された頃です。この佳作は音楽の使い方がとても素晴らしかった。・・・・・話が脱線するのでこの件はまた改めて。)、首都ウィーンを中心に芸術・学問あらゆる分野に花が開き、まさに文化爛熟の時代にあったのです、第1次世界大戦と第2次世界大戦の不幸な激流に飲み込まれるまでは・・・・・・。
 そんなウィーンを訪れた時のこと。音楽や美術だけでなく、街並みや食文化にも強い関心を持っていたこともあり、街中徹底的に歩き回って魅惑的な「風土」を体感してきました。その際の色々とある思い出の1つに「ザッハトルテの食べ比べ」なるものがあります。
 ご存知のように、ザッハトルテはウィーン生まれの伝統的なチョコレートケーキです。スポンジであるチョコレート味のバターケーキにアプリコットジャムを塗り、さらに表面全体をチョコレート(フォンダン)でコーティングします。これにより艶やかな輝きがもたらされるのです。プレートには砂糖を入れずに泡立てた生クリームが添えられるのが通例となっています。パリッと固まったフォンダンは口に入れるとシャリシャリと独特の食感がし、スポンジ部分は濃密で重厚な味わいがするものの、生クリームにより見事に味が落ち着いて調和がもたらされ、甘酸っぱいアプリコットジャムの風味と相俟って、とても贅沢な気分に誘われること必定です。そこにメランジェ(エスプレッソ+ミルク+ミルクの泡。「メロン酒」と発音すると相手に伝わりやすい、とはあるオペラ歌手の言。)があればパーフェクトでしょう。
 ザッハトルテを考案したのは、『会議は踊る』の「会議」、即ちウィーン会議を主催したオーストリアの宰相クレメンス・メッテルニヒに仕えた料理人フランツ・ザッハーです。「ザッハーの考えた丸菓子」だからザッハトルテと呼ばれる訳です。彼の息子が開業したホテル・ザッハーに併設されている「カフェ・ザッハー」で提供されるようになり、大好評となるのですが、財政難のために資金提供と引き換えに帝室御用達菓子店「デメル」に販売権等を渡すことになってしまいます。ここから所謂「本家・元祖騒動」が勃発し、諸説ありますが、結局裁判で「両者ともザッハトルテを売ってもよろしい」という結論に至りました。今でも「ザッハー」と「デメル」のザッハトルテが双璧とされる所以です。また、世界中の菓子店はザッハトルテ風のチョコレートケーキを作り、多くの人々にその名を知らしめています。
 折角ウィーンに来たのだから、「カフェ・ザッハー」も「デメル」も「カフェ・モーツァルト」等々も次から次へと食べ歩いてしまえ!とばかりに、ザッハトルテを食べ比べ続けました。ケーキそのものもさることながら、店の雰囲気やロケーションもそれぞれに特徴があったことは言うまでもありません。それで肝心の味の判定は・・・・・・結論、甲乙つけ難し。歴史的経緯からして「カフェ・ザッハー」の権威に少し心が迷いましたけれども、いずれも「我こそはザッハトルテの旗手なり」という気概と少しの妥協も許さない強烈な職人気質を感じられる逸品だったというのが正直な感想なのです。
 何処の世界にも、またいかなる産業においても、パイオニアは存在します。それに続いて、パイオニアの業績を拡げ、高め、深めて成長させる役割を担う人々が活躍することになります。彼らは、どのような競争相手が現れようと、どのように類似した営みが展開されていようと、決して他者に振り回されることなく、従って自らの歩みを止めることもなく、ただひたすらに道を究め、貫こうと邁進し続ける者です。技と質を極めようとする者ならば「マイスター」と呼んで然るべきでしょう。
 彼らは自らを「正統」と認識しています。組織人的には「暖簾」や「看板」に誇りを持って自らの流儀で事に当たっています。先人の歴史を未来へ繋ぐ立ち位置にあることを強く自覚して、道の真ん中を正々堂々と歩む姿ほど輝かしく眩しいものはないでしょうし、力強いものはありません。自らを異端と称したり、外野からそう言われたとしても、実は自らを「正統」と確信して前進する者も少なくないはずです。
 以前名古屋にオーストリア政府公認マイスターである八木淳司さんの「フレダーマウス」という洋菓子店がありました。その彼の著書『マイスターのウィーン菓子』(柴田書店、平成11年)を参考にしながら自分でザッハトルテを作ってみたことがあったのですが、やはり簡単そうに見える事柄ほど実は難しく、ザッハトルテとは似ても似つかぬ代物が出来上がってしまいました。何事も一日には成らず。遥か彼方ウィーンの街に「正統」として燦然と輝く店々を憧憬しつつ、自分の無謀な挑戦にもほんの少し満足を覚えて食したものです。
 金も銀も「正統」も光り輝いています。いつまでも輝き続けられるようにするためには、日々の小事や凡事にこそ心を配って丁寧にこなし、磨き続けなければならないのではないでしょうか。
 もう桜の季節となりますか。お体ご自愛のほどを。ご安全に。

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