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第23回「流転」

 小牧のメナード美術館で開催された「開館30周年記念所蔵企画展」で、同館期間限定初公開となる『佐竹本三十六歌仙絵巻』断簡「藤原興風(ふじわらのおきかぜ)」を見てきました。後ろ姿で描かれた興風の肖像画には、「誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」(古今集)という歌が添えられ、齢を重ねるうちに友達が皆去ってしまったという寂寥感や孤独感が見事に表現されています。この断簡の修復作業の解説も併せて展示され、困難を極める文化財保存への熱意を感じ取ることができました。
 『佐竹本三十六歌仙絵巻』は鎌倉時代に制作された作品で、「三十六歌仙」を題材にした絵巻物としては現存最古です。上下2巻、『万葉集』の時代から平安時代に至るまでの優れた歌人36名と住吉明神と玉津姫明神(現在は紛失)を収録し、略歴と代表歌を添えて、時に個性的なスタイルで、時に色鮮やかに肖像画が描かれています。元々下鴨神社に所蔵されていたようですが、秋田の佐竹藩に伝来したので「佐竹本」と称されています。しかし、明治以降佐竹侯爵家の家計が逼迫したため手放すことになり、実業家の山本唯三郎が一旦購入したものの、これまた経済情勢の変動により売却することになってしまいました。ところがあまりに高額で、当時の名だたる財閥の盟主やコレクターをしても、とても1人で買い取ることはできなかったのです。そこで止む無く分割売却されることになり、絵巻を歌仙1人分ずつ切断し(実際は糊づけされた継ぎ目を剥がし)、誰の絵を手に入れるかは購入希望者全員でくじ引きをして決定したと言います。このように分割された絵巻は断簡として所有され、時代の変遷とともにそれぞれの絵が人手から人手へと渡り、数奇な運命を辿ることになったのです。1つの名家なり企業、1人の人間の浮沈に併走し、世人を幻惑・魅了する魔力を秘めた絵。その「流転」の経緯については、かつてNHKで取り上げられたこともあり、大いに話題となったものです。
 ここで「青い紅玉」という話を思い出します。コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』の1編です。紅玉と言ってもルビーではなく、ここではガーネットのことを指します。創元推理文庫・阿部知二氏の訳文を借りると「青い石が燦然とかがやいていた。大きさは、そら豆よりすこし小さいが、純粋な光で照り、うすぐらいてのひらのくぼみのなかで、電光のようにみえた」。
 現在はモーカー伯爵夫人所有の「青い紅玉(ブルー・カーバンクル)」が盗まれ、配管工のホーナーが逮捕されました。そんな折、使丁のピーターソンが拾ったガチョウの胃袋の中からその宝石が見つかるのです。個性的な人物が次々に登場する中、ホームズの冴えわたる推理により真犯人が見つかり、クリスマスの夜にホーナーの冤罪は晴らされたのでした。
 ブルー・カーバンクルを灯りに透かしながらホームズが語り出します。「この石は発見されてから、まだ20年にならない。・・・・・・発見いらい日があさいのに、すでにうすきみ悪い歴史がある。人殺しが2度、硫酸をぶっかけたのが1度と、自殺が1度、それと窃盗が数回、この40グレインの炭素の結晶のためにおこっているんだ。こんなきれいなおもちゃが、人を牢獄や絞首台へおくるご用をつとめているとは、だれが思うかね」。
 誤解の無いようにしていただきたいのは、勿論、『佐竹本三十六歌仙絵巻』にこのような事件などあったという訳ではないということで、実は「青い紅玉」と同時に触れるのもどうかとは思うところです。ただ、いずれにも言えるのは、宝物に魅入られた人々の複雑な人間模様や、激しく荒れ狂うほどの情念・執念といった欲望がそこから朧げに浮かび上がり、滲んで見えてくるということなのです。
 博物館や伯爵夫人の宝石箱の中に鎮座している限りは、ただただその燦然と輝く美の態様に感動し、それを現代に伝えようとした先人達の労苦に思いを致すのみでしょう。しかし、眼光紙背に徹するほどに対象へと焦点を合わせていけば、そこに生身の人間の素の姿態、良くも悪しくも目を背けたり避けたりすることはできない「業」のような何ものかを感知し得るのではないでしょうか。こうした「鑑賞」行為はまさに「観照」行為に他ならず、その本来の意味とは少し異なりますが、静の中に動を見、動の中に静を知ると言い換えてもよいのかもしれません。
 とは言え、よろず世上のことは一様ならず、本当のところ、つまり本質とか本性のような事柄はわかりにくく、見極め難いものです。それでもしかし、わからないからと言って、立ち止まったり、Uターンしてはならず、わからなくてもわからないなりにエンドレスに考え究め続けることが、私のような凡俗なる人間にすら課された大切な務めと覚えます。
 組織で仕事をする時でも、そこには完璧な人間などおらず、従って各人が持てる能力を余すことなく発揮し、またその能力を少しずつでも高めつつ、足らざるところは他のメンバーなどに補完してもらいながら、自らの歩みの足跡を残し続けていくものです。仕事の達成感は、そうしたプロセスを経て得られるものでしょう。
 何も疲れるほど深読みする必要はありません。ただ思考停止はいけない。人間の行為も、その行為によって生み出された物も、備わる性質は多面的です。多面的に物事を捉えようとすることは、思考の1つの在り方です。深く考えることも、いや少なくとも多面的に様々な角度から見つめることだけでも、それは生涯不可避と自覚するしかないでしょう。
 宝物であれ何であれ、その背後から聞こえてくる人間達の声、叫びに耳を傾けたとしても、物の見方として決して素直ではないことにはならないと信じます。
 これから暑くなり、風雨が強い日も訪れることでしょう。自然環境の変化だけでなく、自身の体調・リズム・ペースの変化、「職業勘」の乱れも見られる時季です。安全衛生に一層の配慮をし、先ずは今期末を1つの目標にして、無事故無災害のうちに作業を完遂すべく努めていきましょう。ご安全に!

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