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第27回「人形町の人形師」

 何とも懐かしい。可憐に微笑む伏姫(ふせひめ)、口を「へ」の字にして白目で睨みつける玉梓(たまずさ)、聡明で若々しい真田幸村、勇猛果敢な躍動感溢れる猿飛佐助……。
 「特別展 人形師 辻村寿三郎」を観覧するために、安城市歴史博物館へ行ってきました。
 辻村寿三郎(つじむら じゅさぶろう)は人形作家であり、また自らその人形を操って演じる人形操作師でもあります。昭和8年、満州に生まれ、辻村家に養子に入ります。日本引き揚げ後は広島市に住み、原爆投下時には三次市に引っ越していたため被爆を免れました。小さい頃から演劇や人形作りに関心を持ち、母の死後、前進座の河原崎国太郎を頼って上京しますが、役者には向かないとされて、舞台小道具の会社に入り、そこから人形作りも本格化します。数々の展覧会に出品し、受賞を重ねる中で、NHK連続テレビ人形劇『新八犬伝』や『真田十勇士』の人形美術を担当することになり、その名は一躍全国的に知れ渡ることになります。その後も、泉鏡花や樋口一葉、『源氏物語』や『平家物語』を題材にした人形などを次々に制作するだけでなく、様々な舞台の衣裳デザイン等を担当し、国内外から高い評価を得ています。
 丁度小学生の頃、毎日夕方になるとテレビのチャンネルをNHKに「回し」、ワクワクしながら画面にかじりついていたのは、『新八犬伝』や『真田十勇士』という1話15分の人形劇のストーリーや音楽が秀逸だったからだけではありません。確かに話の展開は面白く、坂本九の演じる黒子が「遂にその姿を現した8人目の犬士、正体やいかに!続きはまた次回!」と告げると、その「次回」とは年末年始を挟んで1月何日のことだとわかり、「おいおい、ここで終わりかい。」と大いに気を揉んだものです。しかし、これらの番組の本当の魅力は、何と言っても寿三郎(当時はジュサブロー)が作り、操る人形の素晴らしさにあると言えるでしょう。時に凛々しく、時にたおやかに、自在に操演される中に妖しくも表現される人間の喜怒哀楽、情念、性(さが)と業(ごう)。瞼が閉じる訳でもなく、口が動く訳でもない「頭部(かしら)」は、表面に縮緬の生地が用いられ、その微妙に凹凸のある柔らかな風合いは逆に現実の皮膚を強く想起させています。その縮緬を素地として筆で細やかに描かれた眼は人間の心を見通し、口は世の無常を語っているようにすら見えてきます。勿論衣裳は、鮮やかな色彩と個性的な意匠が施された見事な布裂によって作られており、頭部と並んで人物表現と場面表現に重大な役割を果たす大切な構成要素あることは言うまでもありません。ここにおいて文楽を想起させる巧みな操作術が人形そのものに息吹を与えるのです。これはまさに総合技芸です。
 小学生向けの雑誌に「辻村ジュサブローの人形の作り方」のような特集が組まれており、自分も見よう見まねでトライして作ってみたことがあります。コップに石膏を溶かしたものを流し込み、そこに割り箸を突き立て、石膏が固まってから割り箸ごとコップから引き抜きます・・・・・・、とこれが抜けない。仕方なしにコップを割って石膏の塊を取り出し、それを彫刻刀で成形します。ここら辺で万事休す。人形とは似ても似つかぬ物体が出現しました。このくだりを当時作文として学校に提出して褒められたのがせめてもの救いでした。
 それから何年経ったことでしょうか、私は夫婦で辻村寿三郎に会ったことがあります。彼が東京の日本橋人形町に念願のアトリエを構えることになり、当時は一般公開されていたのです。江戸時代の人形町には多くの人形師が住んでおり、いくつかの芝居小屋もあったと言います。その人形町に人形師としてアトリエを開くことは1つの大きな夢だったのでしょう。私達夫婦は、「玉ひで」の親子丼や「芳味亭」のビーフスチューに多少気をそそられながらも、何はともあれアトリエ目指して黙々と歩いて訪問しました。
 古民家風のアトリエにお邪魔すると、人形作りに没頭しながらも「いらっしゃーい。」と穏やかに挨拶する辻村寿三郎が目の前に腰掛けていました。「小学生の自分が魅入られた人形、あの人形達を作ったのがこの人か。」と強い感慨を覚えたものです。アトリエ内には彼が丹精を込めて作り上げた人形がいくつも飾られていました。まるで今にも動き出し、語りかけてきそうな、ある種の生命感に触れたような気がしました。
 辻村寿三郎の著作に『人形曼陀羅』(昭和53年 求龍堂、平成11年 日本図書センター) という自伝があります。とは言え、単なる自伝ではありません。そこには強烈な人形観、人間観が記されています。人形を相手とし、人形とともに歩んできた人生、また人形の内に投影された自己をどこまでも深く省察する中で、「人形とは何か」「人間とは何か」「世界とは何か」「自然とは何か」といった事柄を、何度も何度もとことん考え尽くそう、徹底的に考え抜こうとする「哲学書」と言ってもよいでしょう。彼は人形を作り、我々は建設構造物を造っているのですが、同じ「ものづくり」の担い手によるこの著作からは誠に多くの示唆を得ることができます。
 「創造的な活動とは、自分だけの驚きの体験を、創作家の智恵を通して、人々の驚きにまで進めていくこと」と考える彼は、例えば外国の人の心を理解し、驚きを伝えるには、「日本を深く知り、自分の所在をしっかりとつかむ」、言い換えると「よりナショナルであることによってインターナショナルであることができる」という現実、日本人に生まれたという宿命・立ち位置を認識することが出発点となると主張します。その上で、「新しさのなかには本当の新しさがなく、古風に見えるなかにこそ真に新しいものがある」、「古いものに奥深さがあり、力があればあるほど、新しいものを生み出していく」と考え、そのためには技術の積み重ねが不可欠となるが、最終的には作り手の誤魔化しのきかぬ「心」こそが最重要だと明言します。
 いかなる「ものづくり」の担い手であれ、今自らがその身を置く個別的で特殊な状況を先ずは受容して、その状況なり文化なりが遠い過去からすべて原因と結果により成り立ち、同時に深い意義を持つということを理解し、なおかつ将来に向かってそれを活かそうと努めることにより、初めて技術は研ぎ澄まされ、究められていき、新しい成果物を生み出すに足る創造性が発露するのだということでしょう。そうした成果物には精魂が込められており、生命が宿っているとも言え、そこに至ってようやく成果物、即ち完成品にも、また完成させる行為やプロセスにも十分な価値が認められることになる訳です。
 自己を極めてこそ、他者につながり、他者に伝わる―。建設という「ものづくり」に携わる者として、少なくともベクトルとしては同じところを目指し続けたいと思います。
 季節の変わり目には心身ともに疲れが出やすくなります。細かな判断力が鈍りかねません。それだけに職場では一層の気配り・目配りを徹底し、快適な職場環境を維持できるように努めてください。受注も施工も緊張感を持って、油断することなく、確実に1つ1つこなしていきましょう。ご安全に!

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