IWABEメッセージ
第13回「鮎・年魚・香魚」
各地でアユ漁が解禁され、世の太公望達は友釣りで釣果を競い、やな場には観光客が溢れ、料理屋では舌鼓が打たれるようになります。
川魚の好き嫌いはあるでしょうが、私には大好物で、特に天然アユは、その鮮やかな色や流れるような形と言い、香りと言い、勿論味と言い、大変見事なもので、先日「食べる方の」解禁日を迎えたところです。
アユを漢字で表記すると、「鮎」となり、それは、その「魚」を釣って戦いの勝敗を「占」ったことに由来すると言われ、また他方でアユは1年で生涯を終えることから「年魚」とも書かれます。我が愛知県の「愛知」とは、「上等なる知恵を愛す(philosophia=哲学)」の意味ですけれども、元々は『万葉集』にもあるように、今の名古屋市南区あたりを「年魚市潟(あゆちがた)」と言っていたことが起源ともされています。さらに付け加えると、アユは香り高い魚でもあるため「香魚」とも表されます。
岐阜県の山間にあるお店で、木曽川水系の和良川や馬瀬川で獲れた天然鮎を塩焼にして、気取らずに頭からガブリと食す……ささやかな至福の瞬間です。
私なんぞより鮎の食べ方について明言している人がいます。それは、北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん1883-1959)です。
北大路魯山人は、芸術家の一語では表現しきれぬほどの多くの顔を持ち、篆刻家、陶芸家、画家、書家、料理家等々として幅広く活躍した人物です。相当強烈な個性の持ち主で、傲岸不遜な面もあって時に人々と対立することもありました。
彼の著書『魯山人味道』(平野雅章編、中央公論社、昭和55年)の中で、鮎の食べ方について触れられています。要約するとこうなりましょうか。
4寸ほどの若鮎で、川の水を離れて10時間以内のものを塩焼にし、頭から尾までをハラワタもろとも余さずに、ひと口かふた口で食べること。塩焼も、尾びれにつけた化粧塩が、全身の脂のためにじくじくと滲んで黄色味を呈して不体裁になるくらいに焼くこと。味の感覚と形の美とは切っても切れない関係にあるので、容姿端麗な鮎はプロにこそ串刺しにしてもらうこと。とにもかくにも、鮎は「ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷するような熱い奴を、ガブッとやるのが香ばしくて最上である」。
川のせせらぎに耳をそばだてながら、旬の鮎を楽しんでいると、我々の生活がまさに季節とともにあるということを実感します。
大きな自然のサイクルの中にありながらも、自分こそが全宇宙と思い込んで、小さくて細かく、かつ刹那的な生産活動に気を取られて汲々とする人間。そのような人間がふとした拍子に天空を見上げた時に覚える感覚は、自然の恵みへの感謝と、自然に生かしていただいていることの自覚から構成されると言ってもよいでしょう。
また、季節の変化は、1年の経過とその早さを改めて認識させてくれますし、その間の様々な事象を折に触れ思い出させてくれます。「うまい!」と思って季節を食すのは、その一瞬の出来事です。
この一連の事柄は、当たり前のことのように思えますが、実は当たり前のことほど急に得難いものに変容してしまう、即ち、当たり前のことが当たり前ではなくなってしまうことは案外簡単に起こり得るのです。
繰り返しになりますが、日頃の施工作業で安全最重視を唱えるのも、当たり前のことを途絶えさせないためなのです。ここで言う当たり前のこととは、本人とその家族が健康と幸福のうちに毎日穏やかに暮らすことができることです。これを実現するためにこそ安全活動があると言っても過言ではありません。
家族で食卓を囲み、手を合わせて「いただきます」と言える時を分かち合うこと、さらには、飢えることなく毎日毎日ごはんを食べられること。このように日々当たり前に思えることは数々あれども、そこにこそ実は本当に大切な価値が内包されていると考えます。
今日の当たり前にこそ、また今年の当たり前にこそ、大いに感謝すべきなのでしょう。
今年も美しい山や清らかな川を訪れて、豊かに香る鮎に出会えてよかった。ありがとう、いただきます。
暑さ厳しくなる折から、皆さんご自愛のほどを。ご安全に。